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もう手遅れでした
わたしのとりとめもない雑記が 書き連ねられます。 読者への配慮とかはないです、と予め宣言。        (でもツッコミはご自由に)
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目が合った。いや、違った。 -君と、君の中の人は、どっちが君なの?(2)-
ダラダラと続き。


書き忘れましたが、
BLとその中の人ヨーコの関係も
謎の1つですね。









まだあります。
そもそも、どうしてわざわざ精神寄生体なんて形態を選ぶのか。
前回で示した問題もありますし、もう1つ。
式神1でひわこに憑いていたアームワーカーは、
情報空間でタガミさんに足止めされた結果、
自己消滅してしまいます。
器がないと程なく消えてしまうとは、
ずいぶん脆弱な存在だなと思います。

セプテントリオン、
あるいはほとんどの移動存在は、
何らかの理由で精神寄生体として存在することを
余儀なくされるのではないかと
考えていた頃もあるのですが…

肉体を伴った世界移動も出来ているみたいだしなあ。

レムーリアの滋賀が
病気で苦しんでいた件なども合わせて考えると、
いまいちよくわかりません。

体の病気なら、体取り替えればいーじゃない。
実際そういった意味のことも言われていますが、
そうすると世界移動できなくなるらしい。





精神寄生体については、逆の見方もできる。

式神1ラスボスのアームワーカーは自己消滅したが、
逆に、タガミが現れるというイレギュラーがなければ
生き長らえたのではないかと思われる。

介入先の体を殺されても、
介入者の自分は通常は安全であるのが
精神寄生という形態なのではないか。

そう、まるでプレイヤーのように。
ゲームのように世界を弄ぶ、
悪名高き第7世界人どもというわけですな。
セプテントリオンのお膝元は第7らしいし。





「区別がつくのか?」という関連で、もう1つ。


以前から言っていますが、
絢爛でタキガワやカオリが待っていたのは、
彼らのお話を聞く限りは
厚志のことに聞こえるんですよね。

(「希望の戦士=厚志」と言われるよりも前から、
 わたしはそう言ってるもん!(笑))

でも、彼らはそれを
プレイヤー(PC)に向かって話すんです。

「えっと、ぼく厚志じゃないよ?」

とコントローラーを握るわたしは思うわけですが、
でも「やあ久しぶり」とも思うわけです。

なぜなら、
ガンパレードマーチで速水厚志のプレイヤーとして
タキガワ(の先祖)たちと遊んだ思い出があるから。

その意味で、
わたし(を含むプレイヤーたち)は厚志であるわけです。

ただ、GPM23の話では、
実際の第5世界には、
ゲームのような形では介入していないはずなんです。
そんな技術はない。
プレイヤーがタキガワらを懐かしく感じるのは
シミュレーターの絵空事を通じて彼らを知っているから。
ですが、
タキガワらがプレイヤーを知っているのは変なのです。
まあGPMの介入については、
今回はとりあえず置いておきましょう、回答出ないし。


話は戻って、絢爛で再会されたプレイヤーの件です。

プレイヤープレイヤーと気軽に連呼しましたが、
プレイヤーというのはもっと幅広い存在です。
ガンパレ経験者のプレイヤーは
タキガワらとの再会を喜ぶでしょう。
しかし、
「ガンパレードなんか知らないよ、
 GPM23なんて聞いたこともないよ?」
という絢爛プレイヤーも、また無数にいるはずなのです。
ガンパレの思い出のない彼らは、
自分を懐かしがるタキガワらを見て
奇異に感じたのではないでしょうか。


つまり。
これも前々から言われていることですが、
彼らにとってはプレイヤーという存在は
単一だと思われている。
だからプレイヤーはプレイヤーであって、
そこでわたしという個人を区別できているわけではない。
なんだか寂しい話です。

「ゲームのキャラが、ぼくのこと認識してくれないヨ!」
…って、考えてみれば当たり前の話なんですが。
オンラインゲームやTRPGでない以上、
プレイヤーという器は
常に幅広く不特定多数が収まる場所だし、
また、そうあるべきです。


でも、ちょっと痛いことを言うならばですね。
ガンパレ経験者は、以下のような経緯を辿りませんか?

GPMで岩田や舞がPCではなく
その向こうのプレイヤーに対して語りかけてくる。
そこで初めて「視線が合った」んですよ。
普通、ゲームのプレイヤーはゲームの主役でありながら、
同時に常にゲームの傍観者です。
(それがテレビゲームの視点の面白いところね)

でも、ただの傍観者のはずなのに
向こうからもこちらを見い出されてしまった。
そこでガンパレというゲームは、
感情移入度が高まるわけです
(いや、メタフィクション演出ウゼェーと
 思う向きもあるケド)。


でも絢爛やGPOに来て、
彼らの一部はPCの向こうの「プレイヤー」に
やはり話しかけてくるのだけど、
「わたし」という個人を識別はしていないことがわかる。

合ったと思っていた視線は、
実はわたしの後ろに突き抜けている。

「相手が手を振ってきたので振り返したら、
 相手が手を振っていたのは自分の後ろにいる別人でした」
というようなこっ恥ずかしい体験と同じだと思うのですね。


これが絢爛やGPOから入った新規プレイヤーだと、
そういう擦れ違いさえ起きない。
ただ自分じゃない相手に話しているようにしか見えない。
「久しぶり」などと言われても、
いや、俺はお前のことなど知らんぜ。
一体こいつは何のことを言っているんだ?
と、感情移入をむしろ妨げてくれるのです。

> 善行さんと仲良くなると、とたんに意味不明なことを話しますが、彼はいったい誰に話しかけているのでしょうか?あんなに慕われても、こちらには心当たりがありません。

善行は極めて優秀な指揮官ですが、それには理由があって、彼はみえないもの、例えば神々が見えるんですよ。
その中には貴方、つまりプレイヤーも含まれています。

彼は貴方にお話をしています。




「善行がなんか中の人に話しかけているけど、
 善行が話してるのは
 どうも自分のことじゃないよ?」
という質問に対して、
「彼は貴方にお話をしています」
という回答は、
いまいち噛み合ってないんじゃないか?


以前にそう書いたことがありますが、
どう解釈すべきなんだろうねえ。


希望の戦士とか英雄妖精とか呼ばれる、
「プレイヤー」をロールプレイするゲームだと
思えばいいのかしら。

個人ではなく、
「プレイヤーたちのただの茫漠な総体」を
この世界観は希望とか呼んでいるのかな。

それは、案外悪くないのかも。
誰か特定の超人がいて、
そいつに世界を託しちゃうような話よりは、ずっと良い。

「でもその総体が、
 無数の実体を伴って、希望号改で空を埋め尽くすんだぜ?」



……。

……ウガーッ!
やっぱりOVERSなんかいらないっ、
Aもとっとと引退すべきだっっ!!(笑)


まあ、それはともかく、
その「希望」と厚志との関係とか、
謎は尽きないですね。

全然オチもつかないですが、また次回。
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